Harry Negronのポートレート
プエルトリコ → 日本

Harry Negronについて

僕の人生は、履歴書より一枚の地図として見たほうが分かりやすい。移動するたびに、信じていた仕組みも、手に入れたい自由の形も変わってきました。

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大人になって見つかった答え

自閉スペクトラムだと知らないまま、子ども時代も学校も、陸軍も研究生活も通り抜けました。大人になってからの診断は過去を変えません。でも、ずっと説明できなかった苦労と、自分の強みがどこから来たのかを、ようやく同じ線で結んでくれました。

診断 / 成人後記録 / 個人公開範囲 / 公開
子ども時代

グアヤニージャ、マガス・アリーバ

平日は母の家、週末と夏休みは祖母の家。同じ敷地の別の家に暮らすいとこたちと一緒に育ちました。

2008〜2016年

米陸軍予備役

情報システム運用分析担当として勤務。規律や粘り強さだけでなく、自閉スペクトラムだとまだ知らなかった自分が、自信を行動で身につける場所でもありました。

2009〜2010年

イラク

クウェート国境近くへ派遣され、キャンプ・ブッカで情報システムを管理し、情報活動を支援しました。

大学時代

プエルトリコ

微生物学を専攻し、数学を副専攻として学士号を取得。その後、Ponce Health Sciences Universityで生物医学の博士課程に進みました。

2018年

プエルトリコ → 日本

ハリケーン・マリア後、プエルトリコの不安定さが日常になっていく中で日本へ移住。一時的な冒険ではなく、家族の安全と教育、落ち着いて暮らせる基盤を求めた決断でした。

日本で

総合研究大学院大学

仕事と子育てを続けながら、生物医学を軸に遺伝学を研究し、総合研究大学院大学で博士号を取得しました。

現在

日本

大学教員を辞め、複数の独立した収入源で暮らしながら、Jivaroのネットワークを育てていく準備をしています。

行動の原則

変わらないもの

自分の頭で考える。家族を守る。もう無理に見える時ほど、もう一度試す。進める道は一つに絞らない。経験から意見を持っても、それを誰にでも当てはまる証明だとは思わない。

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