2026年8月3日、朝7時30分。子ども3人を連れ、長岡駅から新幹線に乗りました。今日の計画は、東京ディズニーシーと東京ディズニーランドを一日で回ること。野心的な計画です。家族全員の判断力が落ちていた、とも言えます。

その週末は長岡まつり大花火大会の時期でした。駅は朝から大混乱。帰る人たちで、新幹線もすでに満員です。まだネズミに入場料すら払っていないのに、体力だけは着実に減っていきます。

東京までは約1時間50分。着いたら東京駅の中を10分ほど歩き、さらに電車とディズニーリゾートラインへ。パークに入る前から、旅はもう三幕目です。

長男にとっては、初めての東京ディズニーでした。少し前に失恋したばかりで、正直、出かけたい気分ではなかったようです。それでも景色が変われば、少しは楽になるかもしれない。そう考えました。

最近の僕の子育てには、心の痛みをテーマ付きの乗り物と、妙に分かりやすい形の食べ物で迎え撃つことも含まれています。

ラプンツェルのランタンフェスティバルで暗い空を埋めるランタンと、待ち列、時計、きらめき、ポップコーンの小さな手描きイラスト。
ラプンツェルのランタンフェスティバル。残り時間がどこへ消えたのかを示す、科学的に正確な図。

無茶な計画を後押しするチケット

この実験を可能にしたのが、期間限定の1デーパークホッパーパスポートでした。最初にどちらかのパークへ入り、午前11時以降はランドとシーの間を移動できます。2026年8月の公式価格は、大人15,300円、中人12,600円、小人9,100円からでした。

これは最低価格で、わが家の合計ではありません。家族全員分の総額は、明るい部屋で、理解のある友人に付き添ってもらいながら確認したい種類の数字です。

さらに、ディズニー・プレミアアクセスがあります。「美女と野獣“魔法のものがたり”」「ラプンツェルのランタンフェスティバル」「ソアリン:ファンタスティック・フライト」は、それぞれ1人2,000円でした。わが家は美女と野獣とラプンツェルを購入。上の子ども2人はソアリンにも乗りましたが、僕は乗れませんでした。

家族旅行とは、そういうものです。自分で魔法を体験するために払う時もあれば、あとで子どもから魔法の説明を聞くために払う時もあります。

買わなければ、待ち時間は長いもので約2時間。身動きが取れないほど混んではいませんでしたが、人気アトラクションに一つ乗るたび、小規模な行政手続きを終えたような達成感はありました。

装飾されたエレベーターの鏡で家族がセルフィーを撮り、末っ子が舌を出している。
午後のシステム障害が始まる前。まだチームの士気は高い。
東京ディズニーシーの水辺の岩に立つ末っ子を、父親が笑顔で見上げている。
眠気が来る少し前。このあと家族をつなぐ重要人物になる。

何度乗っても驚きは効く

「美女と野獣“魔法のものがたり”」に乗るのは、これで3回目でした。知っているのだから、感動は弱くなるはずです。それでも、また驚かされました。

ディズニーは、空間の大きさ、動き、音楽、光、そして大人がその日の出費を一瞬だけ忘れる感情回路を操るのが本当にうまい。全員が物語に引き込まれ、娘は少し涙ぐみました。ほんの数分、5人それぞれの予定や機嫌やバッテリー残量ではなく、同じ驚きを共有できました。

そして、終わりました。

美女と野獣の大きな欠点は、短すぎることです。アクセスを取り、歩いて、城へ入り、ようやく始まったと思ったら終わる。小さな傑作なのに、尺は気まずい謝罪くらい短い。

ラプンツェルのランタンフェスティバルにも、現実的な思考を止める力がありました。ランタンの場面は、子ども3人を連れた家族全員が黙るほどきれいです。それだけでも快挙です。ありえない光の中を進みながら、テーマパークとの暗黙の契約を受け入れます。音楽が流れている間は、1分あたりの料金を計算してはいけない。

ディズニーシー・トランジットスチーマーラインにも乗り、クラシックカーにも乗りました。本当の魔法は凝った物語ではありません。家族全員を移動させながら、全員を座らせ、それを「アトラクション」と呼べることです。

海賊、幽霊、そしてバラバラの機嫌

「カリブの海賊」は全員が気に入りました。ただし落下する場面で、娘は少しパニックに。「穏やかなボートライド」という言葉には、かなり幅があると学べる瞬間でした。

カリブの海賊の中で、暖色の明かりに照らされた海賊が樽や袋の横に横たわっている。
カリブ経済はサプライチェーン問題に直面しているようでした。

ホーンテッドマンションでは、長男と僕で幽霊を相手にふざけていました。その時の彼には、それくらいがちょうどよかった。無理に明るくさせることも、家族に気持ちを話させることもない。ただ暗闇で二人、くだらない冗談を言いながら、999人の住人が空室を埋めようとするのを眺めました。

一方、子どもたちの機嫌は見事にばらばらでした。

長男は、ディズニーまで持ってきたくなかった失恋を抱えていました。娘はモバイルバッテリーを家に忘れ、音楽を聴けなくなりました。10代の法律では、ほぼ人権侵害です。機嫌が悪くなり、そのあと今度は帰りたくないと文句を言う。「ここにいる」と「ここから帰る」の両方に不満を持てる、見事な一日でした。

午後4時ごろには、末っ子も眠くなって不機嫌に。歩く、座る、食べる、食べない、抱っこされる、下ろされる。そのすべてが許せなくなる時間です。

そこで食べ物を投入しました。ミッキー形のナゲット、昔ながらのサンドイッチ、ピザ、チュロス、ターキーレッグ。ポップコーンはチェダー、しょうゆ、キャラメル、塩の4種類です。多すぎるように聞こえますが、これは厳しい条件下で行ったフィールドワークです。

ベンチに座った長男が、ピンク色のミッキー形フローズンスイーツをじっと調べている。
この日いちばん冷たい出費を、真剣に検査中。
アニメの救助犬が描かれたシャツを着た末っ子が、前方を力強く指さしている。
プロジェクトマネージャーが、次の必須目標を指定。

末っ子が、きょうだいをつないだ

待ち列、食べ物、ボート、音楽、不機嫌、交渉。そのどこかで、僕が計画していなかったことが起きました。

3人の子どもたちが、初めて本当につながったのです。

3人は抱き合い、末っ子を気にかけていました。何も気にしていないふりをする兄と、バッテリー0%で通信危機に陥った姉。その二人をつないだのが末っ子でした。本人は疲れて手がつけにくいのに、家族全員を同じ場所へ引き戻していたのです。

休憩中に3人きょうだいが並んで座り、末っ子が兄の腕にしっかりつかまっている。
プレミアアクセス不要。ただし、いつ発生するかは予測不能。

大人に写真を撮るから並べと言われたのではなく、自然に互いへ寄りかかっていました。家族旅行は「思い出を作るもの」として売られています。でも実際によく増えるのは、口論とレシートと、「いつ座れるの」と聞く人の写真です。

それでも、たまには本当に思い出ができる。

帰り道も料金に含まれている

帰宅は、往路の逆再生です。ディズニーリゾートライン、東京駅の横断、新幹線、そして長岡までまた約1時間50分。疲れていたのは子どもだけではありません。妻と僕は荷物を持ち、機嫌を読み、乗り継ぎを計算しながら、世界でもかなり複雑な交通網の中を5人で移動していました。

家族で行くディズニーの本当の費用は、パスポート、プレミアアクセス、食事、電車代だけではありません。注意力もかなり消費します。トイレに行きたいのは誰か。空腹なのは誰か。スマートフォンの電池が切れそうなのは誰か。次の待ち列に耐えられるのは誰か。一人にしてほしいのは誰か。もう一つ乗れば笑顔になるのか、それとも国際問題が起きるのか。

それでもディズニーの音楽が聞こえた瞬間、懐かしさはきちんと働きました。朝の満員列車も、東京駅の長い移動も、あとから振り返れば旅の一部です。3回目の美女と野獣でも、僕は驚きました。一人は失恋中、一人は充電器なし、一人は眠気で反乱中。それでも、驚きは何度も入り込んできました。

子ども3人を連れて、二つのパークを一日で回る。高く、非効率で、疲れ果てる一日でした。

リラックスできたとは言いません。

でも、行く価値はあったと言えます。